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子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由
内容紹介
「子どものSNS利用を禁止すべきか?」
いま、世界中でこの問いが真剣に議論されています。気がつけば、子どもたちはごく当たり前のようにスマートフォンを手にし、SNSの世界へと足を踏み入れています。友達とつながるため、情報を得るため、退屈しのぎのため、彼らは実に様々な使い方をして、その発想の多様さは開発に関わった技術者をも驚かせるほどです。大人にとっても手放せないツールですから、子どもたちが惹かれ、夢中になるのも自然なことでしょう。
そこにはもちろん、懸念も存在します。SNSは牧歌的な「ただのおしゃべりの場」ではなくなっています。炎上、ネットいじめ、メンタルヘルスへの悪影響、性犯罪のリスク――。子どもたちを守るため、私たちはテクノロジーに何らかの「制限」をかけるべきだ。その声が日増しに大きくなってきたのは、必然かもしれません。
――と、ここまで書いて、「全然ピンとこない。炎上? いじめ? この著者は何を言っているんだ? SNSは平和で癒やされる場所だぞ」という感想の方もいると思うんです。
SNSの使われ方は本当に多様で、利用者ごとにまったく異なる世界が展開されます。心から安らぐ場である人もいれば、誹謗中傷の荒野である人もいるでしょう。
猫の画像ばかりが出てくるタイムラインに育った方は、その幸運を噛み締めつつ、本書を「こういう現実もあるんだな」と読んでいただければと思います。
ただ、私自身はこの状況に、ずっと違和感を覚えてきました。
もしかすると私たちは、問題の本質とは少し違う場所で、解決策を探しているのかもしれない。そんな気がしていたのです。
私たちが普段なにげなく「SNS」と一括りにしているサービス。これは本当に、すべて同じものと考えてよいのでしょうか。友人とだけ繋がる閉じたグループLINEと、見知らぬ他者の意見が雪崩のように流れ込んでくるX(旧Twitter)とでは、そこで起きていることも、そこで感じる私たちの心の動きもまったく異なります。そうであれば検討すべき解決策も自ずと違ったものになるはずです。
本書では、「仲間と閉じるサービス」と「世界へ拡散するサービス」という分類を提案しました。この新しい道しるべのようなものを手にすることで、これまで混沌として見えていたネット上の炎上、誹謗中傷、そして社会の分断といった問題の構造が、少し違った形で、あるいは少しクリアに見えてくることを企図しています。







